虫の知らせ〜千の風になって〜

県南のA先生は、私が医師になって入局した時の助教授だった。当時、頭頸部手術や学会報告、医師としての信念をご指導いただいた。また、「和を以て尊しと為す」の信条の下、よく先輩とともにご馳走になった。いわゆる昭和の時代の“飲みニケーション“である。アルコールが弱かった私にとっては、折角美味しい晩御飯の後、2軒、3軒と梯子するのは苦行であった。しかし職場で良好な人間関係が築けなければ、仕事はスムーズに進まないということを身をもってご教授いただいたと感謝している。その後、年賀状を交換する程度であまりお会いする機会はなかった。

普段、スマホやパソコンで音楽を聴きながら仕事をしているが、今回ひょんなことから8月19日と20日に、今迄聴くことのなかった演歌を、それも何故か吉幾三の「雪国」「酒よ」をユーチューブで視聴していた。ビシッとブレザーを着こなした若い頃の吉幾三がA先生にそっくりであり、大相撲解説の北の富士にも似ているなと思いつつ、むかし二次会、三次会で歌ったカラオケを思い出しながら何度も繰り返し視聴した。

スピリチュアル

8月20日は木曜日で休診だったため、夜、パソコンを開いてメールチェックしていたところ、A先生が19日お亡くなりになったとの訃報に接し、絶句した。あの世に旅立つ時に「越井、あばよ。」と最期のあいさつをするために風になって来てくれたのかと思い、先生の律義さに泣けた。通夜に県南のS市まで車を飛ばし、遺影の前で「A先生、さようなら」。

今夜は演歌を聞きながら、思い出して飲もう。

因みに、A先生が当時「雪国」「酒よ」をカラオケで歌っていたわけではなく、軍歌を歌っている姿しか記憶にない。かと言って、先生は昭和16年生まれだから戦争には行っていない。

令和2年8月30日