嚥下性肺疾患 (aspiration pulmonary disease : APD) とは

嚥下性肺疾患 (aspiration pulmonary disease : APD) とは、嚥下機能の障害により、口腔内に貯留あるいは逆流した分泌物や消化管内容物を、嚥下できずに下気道に吸引することで発症する呼吸器疾患を指します。主なAPDは誤嚥性肺炎であり、そのほかにびまん性嚥下性細気管支炎 (diffuse aspiration bronchiolitis : DAB)、メンデルソン症候群 (Mendelson syndrome)、人工呼吸器関連肺炎 (ventilator-associated pneumonia : VAP)、上部消化管術後肺炎があります。

誤嚥性肺炎とびまん性嚥下性細気管支炎 (DAB) は、ともに不顕性誤嚥を契機として発症する病態です。DABでは、誤嚥は頻回に繰り返されるが極微量であるために自覚症状は少なく、胸部X線写真で明確な浸潤影を示すこともほぼない。一方、誤嚥性肺炎では不顕性誤嚥が主とはいえ、通常患者は食事に際して軽度のむせなどを自覚している場合が多く、胸部X線写真で明らかな肺炎像を呈して診断されます。そして、病態発症の契機として重要で最も力点が置かれるのは、加齢や脳血管障害、中枢神経変性疾患に伴う嚥下機能の低下です。

人工呼吸器関連肺炎 (VAP)、上部消化管術後肺炎は、それぞれ人工呼吸器を装着している、あるいは上部消化管を手術しているという明確なリスクやイベントに関連して発症するAPDです。メンデルソン症候群は、主に意識障害と腹圧上昇の状況下で大量顕性誤嚥を来し、胃酸により化学性肺臓炎を発症したものを指します。

表 嚥下性肺疾患の分類

誤嚥性肺炎
(通常型)
びまん性嚥下性
細気管支炎
メンデルソン
症候群
人工呼吸器
関連肺炎
術後肺炎
咽喉頭術後肺炎食道切除後肺炎
誤嚥の
機序
嚥下機能障害に
よる不顕性誤嚥
嚥下機能障害による
食事関連の極微量の
慢性不顕性誤嚥
意識障害や麻
酔下による大
量顕性誤嚥
気管チューブ留置に
よるチューブ周囲か
らの微量垂れ込み
嚥下機能障害によ
る顕性誤嚥
胃管通過障害と嚥
下機能障害による
逆流誤嚥
吸引物雑菌を含む口腔
内容物
雑菌を含む口腔内容
胃酸(pH 2.4
以下)
挿管機器やその周囲
の定着菌等
雑菌を含む口腔
内容物
雑菌を含む胃管や
腸管内容物
病 態細菌性肺炎びまん性異物反応性
細気管支炎、食事に
関連した喘鳴
化学性肺臓炎挿管後 48時間以降
に起こる細菌性院内
肺炎
細菌性肺炎細菌性肺炎
画像
所見
気管支肺炎小結節散布(CTに
て)
ARDS気管支肺炎気管支肺炎気管支肺炎
リスク
因子
脳血管障害(特
にラクナ梗塞),
パーキンソン病
神経疾患、食道疾患麻酔や薬剤に
よる意識障害,
てんかん発作
長期人工呼吸管理,
挿管機器の不具合
切除範囲、郭清に
よる反回神経麻痺
郭清による反回神
経麻痺、胃管内容
物停滞

(中山勝敏:誤嚥性肺炎とその他の嚥下性肺疾患の疫学.日医雑誌 2021:149:2130-2134より引用,一部改変)


嚥下障害診療アルゴリズム

嚥下障害診療アルゴリズム

嚥下内視鏡検査を主体とする諸検査の結果を総合的に判断し、上記のように対応する。

(嚥下障害診療ガイドライン 2024年版、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会)


嚥下内視鏡検査 (VS)

嚥下内視鏡検査 (VS)・・・内視鏡を用いた嚥下機能検査
1) 検査食を用いない状態での観察
器質的異常の有無、鼻咽腔閉鎖、咽頭・喉頭の運動、唾液貯留や食物残留、咽頭・喉頭の感覚
クリアランス正常 唾液貯留
咽頭クリアランス正常 唾液貯留あり
2) 着色水を用いた嚥下状態の観察
早期咽頭流入、嚥下反射惹起のタイミング、咽頭残留、喉頭流入・誤嚥
3) 咀嚼を伴う検査食を用いた観察
必要に応じて実際の食物などを検査食に用いて咀嚼を伴う嚥下状態を観察する
早期咽頭流入、嚥下反射の惹起遅延、咽頭残留、喉頭流入・誤嚥などが観察された場合には、嚥下機能
の異常が示唆される

(嚥下障害診療ガイドライン 2024年版、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会)


保存的治療

表1 嚥下内視鏡検査での異常所見への主な対処法

内視鏡所見の異常対処法方法と効果
早期咽頭流入食形態の工夫液体にはとろみをつける
固体の場合、ばらけやすい刻みなどを避ける
頸部前屈位嚥下運動まで喉頭蓋谷に食塊を貯める
嚥下反射の惹起遅延頸部前屈位喉頭蓋谷に食塊を貯める
食形態の工夫上記参照
嚥下反射惹起の促通
前口蓋弓冷圧刺激、
のどのアイスマッサージ

咽頭を冷圧刺激し嚥下反射の惹起を促す
感覚刺激の増大食品の刺激を強くして (温度・酸・炭酸など) 嚥下反射の
誘発を促す
感覚閾値の改善咽頭ケア、干渉波電気刺激
咽頭残留複数回嚥下複数回の嚥下を行い、残留物の送り込みを促す
うなずき嚥下反動をつけてうなずきながら嚥下する
頸部回旋嚥下嚥下した後に左右交互に頸部を回旋してさらに嚥下する
交互嚥下とろみ付き液体やゼリーなどの残留しにくい物性の食品
を追加で嚥下する
喉頭流入頸部前屈位喉頭蓋谷に食塊を貯める
息こらえ嚥下喉頭閉鎖を補強する
強い息こらえ嚥下喉頭前庭閉鎖を補強する
誤 嚥呼吸パターン訓練嚥下直後に呼気で喉頭侵入・誤嚥した食塊を排出する
咳・排痰訓練,ハッフィング法喀出能力を高める
体位ドレナージ・排痰支援肺への誤嚥や分泌物の貯留を想定して定期的に排出を
図る

表2 口腔・咽頭期の異常所見と主な対処法

嚥下障害の病態対処法期待される効果
舌運動障害リクライニング(頭部後屈位)重力を利用して食塊を咽頭へ移送する
舌運動訓練舌運動の改善
舌根運動障害構音訓練、舌の可動域訓練
アンカー強調嚥下法※2
前舌保持嚥下法※3
舌運動の巧緻性と舌圧の増大
舌根運動の補強
咽頭後壁運動の強化
鼻咽頭閉鎖不全ブローイング法軟口蓋挙上の補強
喉頭閉鎖不全息こらえ嚥下息こらえ、発声、咳嗽の訓練による喉頭閉鎖の補強
喉頭挙上障害メンデルソン法喉頭挙上時間の延長
頭部挙上訓練(シャキア法※4他)・神経筋電気刺激舌骨上筋群の強化
強い息こらえ嚥下喉頭挙上の補強
頭部前屈位※1・頬杖位喉頭挙上位やその左右差の補正
食道入口部
開大障害
頭部挙上訓練(シャキア法※4)舌骨上筋群の強化による喉頭の牽引
食道バルーン拡張法食道入口部の開大
頸部回旋位食道入口部静止圧の低下
顎突出嚥下法喉頭牽引による随意的な食道入口部の開大
喉頭麻痺・咽頭
麻痺
頸部回旋位・頸部側屈位食塊の健側咽頭への誘導
側臥位・側屈位重力に配慮した食塊移送
強い息こらえ嚥下喉頭閉鎖の強化
※1頭部前屈位:chin tuck,chin down と英語表記されるが、あごを引くと飲み込みにくいので「下を向いて」
と指示するほうがよい
※2アンカー強調嚥下法:舌可動部が硬口蓋に接触することを意識化する
※3前舌保持嚥下法:舌尖部を歯で挟んで固定し空嚥下する
※4シャキア法(Shaker exercise):仰臥位にて、肩を床から離さないようにしながら頭部を持ち上げてつま先を
見るようにする。座位でも同様の効果を期待した嚥下おでこ体操やCTAR(Chin Tuck Against Resistance)、
おとがい訓練などが開発・利用されている

(嚥下障害診療ガイドライン 2024年版、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会)


外科的治療

嚥下障害が高度の場合や進行性の場合には、保存的治療では十分な治療効果が得られないことも多い。また、高齢者や認知機能が低下した患者では、嚥下リハビリテーションの実施さえ難しい場合がある。このような例に対する誤嚥防止を目的とした外科的治療には、呼吸および発声機能を温存しつつ経口摂取をめざす「嚥下機能改善手術」と、発声機能は失うが誤嚥を確実に回避することを目的とした「誤嚥防止手術」がある。

T.嚥下機能改善手術
1.輪状咽頭筋切断術・・・食道入口部を弛緩させる
2.喉頭挙上術・・・・・・喉頭挙上を強化する
3.声帯内方移動術・・・・声門閉鎖不全を改善する
本手術は誤嚥を軽減させて経口摂取を回復させる効果があり、保存的治療を行っても十分な改善が得られない高度の嚥下障害に対して有効な治療手段となる。
適応:@術後に嚥下リハビリを行えるだけの意識レベル、認知機能、ADLが保たれている
A患者に経口摂取の意欲があること
B75歳以上の高齢患者においては術後の嚥下機能改善効果が乏しく、70歳以下が良い適応
一方、口腔がん術後など口腔期の障害が高度な例や、進行性の運動ニューロン疾患などは適応とならない。また、咽喉頭感覚障害により嚥下反射惹起が不良な例も適応にならない。
U.誤嚥防止手術
1.喉頭閉鎖術・・・・・・喉頭レベルで気道と食道を分離する
2.喉頭気管分離術・・・・喉頭を温存し気管レベルで分離する
3.喉頭摘出術・・・・・・喉頭を摘出する
適応:@嚥下障害が高度で嚥下リハビリや嚥下機能改善手術で十分な改善が得られない
A誤嚥性肺炎を反復する、もしくはその危険性が高い
B発声機能を失うことを患者および家族が納得している などである。
本手術は、嚥下機能改善手術の適応にならない進行性神経疾患の患者にも適応できる。本手術の結果、下気道への唾液や食物流入がなくなり、頻回の気管内吸引などから解放されるため、患者・家族・介護者などの負担を著しく軽減することが期待できる。その結果、在宅医療が可能になる患者もいる。
一方、発声機能などを失うことから、発声以外のコミュニケーション手段がない、永久気管口の自己管理が行えない患者には適応にならない。

(兵頭政光:誤嚥防止を目的とした外科的治療の適応と限界.日医雑誌 2021:149:2169-2172より引用)