獨鏡会50周年記念
獨協医科大学2期生 (昭和55年卒) の越井です。昭和55年から平成7年まで気管食道科学教室 (日野原 正教授) に15年在籍した後、開業した。当初から、耳鼻咽喉科学教室 (古内一郎初代教授) とは医局が研究棟の同じフロアで毎週水曜日朝、合同で抄読会や学会の予演会をしたりして普通に往き来していた。外来、病棟も一緒で、忘年会ではお互い対抗意識を燃やしたこと、また合同の野球チームPharynxでは院内他科チームと試合をしたことも懐かしく思い出される。
平成9年に耳鼻咽喉科気管食道科学教室に再編された際、当時の第二代教授馬場廣太郎先生は退職されるまで、教室に正式に在籍していなかった私を長年に亘り非常勤講師として登録していただいていたことを今も感謝している。
第三代教授春名眞一先生が在任期間中、平成21年から令和元年まで11年に亘って獨鏡会※会長を務めさせていだいた。毎年5月、日耳鼻総会に合わせて獨鏡会総会に出席するため、全国各地に旅行できたことはラッキーだった。おかげで日耳鼻専門医更新のための点数が足りない心配をすることはなかった。
春名先生が主催した第55回日本鼻科学会(平成28年)、第12回日本小児耳鼻咽喉科学会(平成29年)、第28回日本頭頸部外科学会(平成30年)と3年続けて会長招宴での乾杯のご挨拶を仰せつかった。これが緊張して折角の美味しい料理がのどを通らなかったことを覚えている。それも今となっては遠い良き思い出となっている。
また、平成31年11月、平林秀樹教授が第71回日本気管食道科学会を宇都宮グランドホテルで主催した。翌12月、平林先生は盛会であった旨を療養中の恩師、日野原 正名誉教授宅にお見舞い方々報告に出向いた。弟子が見事に大仕事を成し遂げたのを見届けて安心したのか、翌日ご自宅で眠るように旅立たれた。間に合って良かったと胸をなでおろした。
米寿 (88歳) のお祝いに訪問時、日野原先生と記念撮影
(写真左が筆者、平成31年8月7日)
会長就任中は、獨鏡会を後退させないようメーリングリストを活用して会員相互の意見交換や総会での懇親、会報誌発行を目標としていたが、なかなか上手くいかず忸怩たる思いで平林秀樹特任教授にバトンをお渡しした。幸い春名眞一教授退任後は、同門の中山次久先生が第四代主任教授に就任されたのでほっとしている。これで獨鏡会が今後益々のご発展を遂げられることを切に願っております。
(獨鏡会会報50周年記念誌 令和6年9月投稿中)
※ | 獨鏡会とは獨協医科大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学教室の同門会 |