B先生との出会いは、今から32年前に遡る。大学に入学するとすぐに臨床医学的な講義が始まるという、当時としては画期的なカリキュラムがあった。その時、二人の先生が今でも強く印象に残っている。それは耳鼻咽喉科講師であったB先生と外科のM先生である。B先生は当時流行っていたグループサウンズ 系のかっこ良さがあった。その風貌は美形で、同性の私でさえ”素敵”と思っていたのだから、異性からはさぞかし持てたに違いない。講義の内容はほとんど憶えていないが、一つ記憶にあるのは、中耳伝音機構におけるツチ骨柄とアブミ骨との間の梃子(てこ)比、および鼓膜とアブミ骨底の面積比による音圧増強作用の話である。それだけは何故か忘れずにいる。
さらに、B先生の隠れた才能に驚かされたことがある。それは耳鼻咽喉科教授と看護専門学校長を兼務されていた時、校歌を作詞、作曲されたことである。歌詞、曲とも看護の学び舎に相応しい気品と風格のある作品であった。何度か見学させていただいた慢性中耳炎の鼓室形成術で「神の手」を持つ教授が、 音楽の才能をも発揮されようとは誰が予測したであろうか。また教授が執筆された折々の随想を拝読させていただくと、ものごとに対する精緻な感受性と、それを常に冷静に判断される独特の鋭い感性を窺い知ることができる。
辞書によれば「憧憬(どうけい)(しょうけい、とも読む)」はあこがれ、うっとりと見とれる、「尊敬」は他人の人格・行為などを尊び、敬うこととある。
以上が、今なおB教授に抱いている「憧憬」と「尊敬」の念である。
(平成18年10月獨鏡会会報)