甲状腺とは?

甲状腺

甲状腺は、首の前下方にある蝶が羽を広げたような形の臓器で、ふつうは薄っぺらで外から触れてもよくわかりません。

海藻などの食べ物に含まれるヨードを原料にサイロキシン (T4) 、トリヨードサイロニン (T3) という2種類の甲状腺ホルモンを作る重要な働きをしています。

このホルモンは新陳代謝を活発にして、摂取した栄養素を十分活用されるようにする、いわば人間の元気の源で、小児の成長にも欠かせません。

1. 甲状腺中毒症

甲状腺中毒症とは、血中甲状腺ホルモン (血中FT4値 and/or FT3値) の上昇により、甲状腺ホルモンの生理作用が過剰にみられる病態で、甲状腺機能亢進症と称されることが多い。

(原因)

@甲状腺から持続性に甲状腺ホルモンの産生分泌が亢進した甲状腺機能亢進症
代表的疾患:バセドウ病、機能性甲状腺結節
A甲状腺ホルモン薬の過剰投与による外因性の中毒症
B破壊性甲状腺炎などによる甲状腺ホルモンの漏出

バセドウ病では、血液中に存在する TSH (thyroid stimulating hormone) 受容体に対する自己抗体 (TSH receptor antibody : TRAb) により、甲状腺濾胞細胞膜の TSH 受容体が持続的に刺激される結果、甲状腺濾胞細胞の増殖促進による甲状腺の腫大をきたす。さらに、甲状腺ホルモン分泌促進 (機能亢進) の結果、過剰に分泌された甲状腺ホルモンが全身に発現する甲状腺ホルモン受容体を介して甲状腺中毒症状を引き起こす。

機能性甲状腺結節は、甲状腺の結節性過形成や腺腫、がんなどの細胞が、TSH非依存性に自律的に甲状腺ホルモンを分泌する病態である。

破壊性甲状腺炎による中毒症には、甲状腺痛を伴う亜急性甲状腺炎と、甲状腺痛を伴わない無痛性甲状腺炎がある。破壊性甲状腺炎は通常一過性であり、数か月の経過で甲状腺機能は自然回復する。発症は急性の甲状腺中毒症であり、障害された甲状腺からの甲状腺ホルモン漏出による甲状腺中毒症の検査所見 (血中TSH値低下、FT4値上昇、放射性ヨウ素取り込み低下) を認める。その後、甲状腺障害の改善に伴い甲状腺機能正常期を経て甲状腺機能低下期 (血中TSH値上昇、FT4値低下) となる。こののち甲状腺機能は正常化する。

(症状・身体所見)

代表的な甲状腺中毒症の臨床所見は、頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加である。バセドウ病の特徴的臨床所見としてはびまん性甲状腺腫、眼球突出または特有の眼症状がある (表1)。

表1.バセドウ病の診断ガイドライン
a)臨床所見
1.頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加等の甲状腺中毒
症所見
2.びまん性甲状腺腫大
3.眼球突出または特有の眼症状
b)検査所見
1.遊離T4,遊離T3のいずれか一方または高値
2.TSH低値(0.1μU/ml以下)
3.抗TSH受容体抗体 (TRAb) 陽性,または甲状腺刺激抗体
(TSAb) 陽性
4.典型例では放射性ヨウ素 (またはテクネシウム) 甲状腺
摂取率高値、シンチグラフィでびまん性
1)バセドウ病
a)の1つに加えて、b) の4つを有するもの
2)確からしいバセドウ病
a)の1つ以上に加えて、b) の1,2,3を有するもの
3)バセドウ病の疑い
a)の1つ以上に加えて、b) の1と2を有し、遊離T4、
遊離T3高値が3か月以上続くもの
表2.亜急性甲状腺炎 (急性期) の診断ガイドライン
a)臨床所見
有痛性甲状腺腫
b)検査所見
1.CRPまたは赤沈亢進
2.遊離T4高値、TSH低値(0.1μU/ml以下)
3.甲状腺超音波検査で疼痛部に一致した低エコー域
1)亜急性甲状腺炎
a)および b) のすべてを有するもの
2)亜急性甲状腺炎疑い
a)と b) の1および2
除外規定
橋本病の急性増悪、嚢胞への出血、急性化膿性甲状腺炎未分化がん
[付記]
1.回復期に甲状腺機能低下症になる例も多く、少数例は永続的低下になる
2.上気道感染症状の前駆症状をしばしば伴い、高熱をみることもあり
3.甲状腺の疼痛はしばしば反対側にも移動する

(日本甲状腺学会:甲状腺疾患診断ガイドライン2021より引用)

機能性甲状腺結節の臨床症状は、甲状腺中毒症の症状に加え、頸部腫瘤による頸部違和感や嚥下違和感を訴える例もあるが、無症状であることも多い。

亜急性甲状腺炎では有痛性甲状腺腫を認める。上気道感染症状の前駆症状をしばしば伴い、高熱をみることもある。また、甲状腺の疼痛はしばしば反対側にも移動し、甲状腺の疼痛部は固く、圧痛を認める (表2)。

無痛性甲状腺炎では甲状腺腫を伴わない甲状腺中毒症を認めるが、甲状腺中毒症状は軽度ないし無症状であることが多い (表3)。

表3.無痛性甲状腺炎の診断ガイドライン
a)臨床所見
1.甲状腺痛を伴わない甲状腺中毒症
2.甲状腺中毒症の自然改善 (通常3か月以内)
b)検査所見
1.遊離T4高値(さらに遊離T3高値)
2.TSH低値(0.1μU/ml以下)
3.抗TSH受容体抗体陰性
4.放射性ヨウ素 (またはテクネシウム) 甲状腺摂取率高値
1)無痛性甲状腺炎
a)および b) のすべてを有するもの
2)無痛性甲状腺炎疑い
a)と b) の1〜3を有するもの
除外規定
甲状腺ホルモンの過剰摂取を除く

(日本甲状腺学会:甲状腺疾患診断ガイドライン2021)


(治療)

バセドウ病の治療には薬物療法,131I内用療法,手術療法がある。抗甲状腺薬にはチアマゾール (MMI) とプロピルチオウラシル (PTU) がある。重篤な副作用に無顆粒球症がある。

131I内用療法は多くの症例が外来での一度の服用で治療可能であり,バセドウ病再発や薬物療法の副作用例や心疾患などの併発例ではよい適応である。治療後は永続的な甲状腺機能低下症になる例が多いので,甲状腺ホルモン薬を生涯服用する必要性が高い。治療後6か月間は避妊が必要である。

手術療法も確実な治療法であり、早急の妊娠希望や大きな甲状腺腫、薬物療法の副作用例などが適応となる。

亜急性甲状腺炎では、症状が軽度の場合は炎症に対してはNSAIDs、頻脈に対してはβ遮断薬による治療を検討する。NSAIDsによる反応が悪い場合や中等度から重症例では、NSAIDsの代わりにステロイドの使用を検討する。

無痛性甲状腺炎では、中毒症2週間〜2か月ほど続く事があるが、通常は自然に軽快するため、動悸が強い場合のみβ遮断薬により対症的に治療する。破壊性甲状腺炎に対する抗甲状腺薬の使用は無効であるばかりでなく、不要な副作用発現リスクもあるため使用しない。機能低下が遷延する場合は甲状腺ホルモン製剤の投与を検討する。

 

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(中島康代・他:甲状腺疾患@甲状腺中毒症.内分泌疾患・糖尿病・代謝疾患.日医雑誌2021;150(2):96-99.より引用)

2. 甲状腺機能低下症

(原因) 原発性甲状腺機能低下症は、そのほとんどが

@慢性甲状腺炎 (橋本病)
によって起こる。それ以外の原因には
A医原性 (甲状腺摘出後、放射性ヨウ素内用療法後、放射線治療外照射後)
Bヨウ素の過剰や極端な不足
C薬剤性 (アミオダロン、リチウム、ヨウ素含有剤、エストロゲン製剤、インターフェロン、リファンピシン、抗痙攣薬、分子標的薬など)
D先天性 (甲状腺無形成・低形成、甲状腺ホルモン産生過程の障害)
E阻害型抗TSH (甲状腺刺激ホルモン) 受容体抗体によるTSHの結合阻害
F一過性甲状腺機能低下症 (無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎などの回復過程)
等がある。

慢性甲状腺炎では甲状腺自己抗体が陽性で、多くは甲状腺機能が正常範囲であるが、自己免疫機序により甲状腺組織破壊が進むと機能低下症となる。

近年、TSHの高感度測定法の進歩に伴い、甲状腺ホルモンは基準範囲内であるがTSHのみ高値を呈する潜在性甲状腺機能低下症 (SH) の存在が明らかになった。

表4.原発性甲状腺機能低下症の診断ガイドライン
a)臨床所見
無気力、易疲労感、眼瞼浮腫、寒がり、体重増加、動作緩慢,
嗜眠、記憶力低下、便秘、嗄声等いずれかの症状
b)検査所見
遊離T4低値 (参考として遊離T3低値) およびTSH高値
1)原発性甲状腺機能低下症
a)および b) を有するもの
[付記]
1.慢性甲状腺炎 (橋本病) が原因の場合、抗マイクロゾーム (ま
たはTPO) 抗体または抗サイログロブリン抗体陽性となる
2.阻害型抗TSH受容体抗体により本症が発生することがある
3.コレステロール高値、クレアチンホスホキナーゼ高値を示す
ことが多い
4.出産後やヨード摂取過多などの場合は一過性甲状腺機能低下
症の可能性が多い

(日本甲状腺学会:甲状腺疾患診断ガイドライン2021より引用)


(治療)

通常、甲状腺機能低下の治療は緊急性を要する治療ではないので25〜50μg/日程度から開始したほうが無難である。2〜4週間ごとに病態に応じて25〜50μgずつ増量する。TSHの回復はFT4の回復より遅れるので、FT4が基準範囲内に入れば4〜6週間はそのままの量でTSHの動きをみる。最終的にはTSHが基準範囲内になるように投与量を決定する。

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(荒田尚子:甲状腺疾患A甲状腺機能低下症.内分泌疾患・糖尿病・代謝疾患.日医雑誌2021;150(2):100-102.より引用)

3.甲状腺腫と甲状腺腫瘍

甲状腺腫はびまん性甲状腺腫と結節性甲状腺腫に区別されます。びまん性甲状腺腫の成因としてはヨウ素摂取不足と摂取過剰、自己免疫[橋本病、バセドウ (Basedow) 病]、ホルモン合成障害、受容体異常などがある。結節性甲状腺腫には腫瘍性病変、良性腫瘍、悪性腫瘍が含まれる。

多結節性甲状腺腫

甲状腺に非腫瘍性の結節が多発する腫瘍性病変の臨床診断名であり、病理学的診断名としては腺腫様甲状腺腫に該当する。過形成と考えられており、女性に多い。

無症状の場合、経過観察を原則とする。TSH抑制療法は推奨されない。結節の大きさが4cm異常、増大傾向あり、圧迫その他の愁訴あり、整容性の問題あり、縦郭に進展、機能性、血清サイログロブリン (thyroglobulin:Tg) 異常高値 (1,000ng/ml以上) などに加え、悪性が否定できない場合には、手術を考慮する。

甲状腺腫瘍・甲状腺がん

甲状腺濾胞上皮由来の良性腫瘍に濾胞腺腫がある。主な甲状腺がんには濾胞上皮由来の乳頭がん、濾胞がん、低分化がん、未分化がんおよびC細胞由来の髄様がん、さらにリンパ球由来のリンパ腫がある。日本では、甲状腺がんの90%以上が乳頭がんであり、濾胞がんは5%程度を占め、その他の組織型はまれである。

(症状・身体所見)

甲状腺腫瘍による前頸部結節が主な症状である。反回神経、気管、食道などに浸潤する甲状腺がんでは、嗄声、誤嚥、呼吸困難、血痰、嚥下障害を伴う。

(検査と診断)

触診で表面不整で硬い結節、可動性のない結節、頸部リンパ節腫大を伴うものでは悪性の可能性が高い。超音波検査および穿刺吸引細胞診を行い、良・悪性の鑑別、組織型診断を進める。組織型は超音波ガイド下に行う。血液検査により、甲状腺機能や自己抗体、腫瘍マーカーを測定する。甲状腺がんとの診断が得られたら、頸部CT・MRI、喉頭ファイバー検査や肺CT、FDG-PETなどにより、浸潤・転移の有無と程度を評価する。

(治療)

甲状腺がんは組織型により、治療が大きく異なる。

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(杉谷 巌:甲状腺疾患B甲状腺腫と甲状腺腫瘍.内分泌疾患・糖尿病・代謝疾患.日医雑誌2021;150(2):103-105.より引用)


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